堕天使をを地上に落とすミカエル
世界各地で堕天使(=悪魔)たちが広めたと思われる神話、またはもともとあった神話に堕天使が「神々」として入り込んだと思われるものが無数にあります。人々は神々に仕えていると思いながら、騙されて悪魔を崇拝していることが多々ありました。世界各地の神々に偽装した悪魔たちの行いを見ていきます。

堕天使とは

『エノク書』第6~9章に、天から堕ちた天使たちが人間たちに行ったことが記載されています。

ヘルモン山に200人の天使たちが集まった。彼らのリーダーはシェムハザで、そのほかアラキバ、ラメエルなど20名が天使たちの長であった。彼らは互いに誓いをたて、人間の娘たちを妻にめとった。各々ひとりずつ女を選びこれと関係をもち、交わりはじめた。

また女たちに医療、呪いを教え、薬草の根や灌木の断ち方を教え込んだ。アザゼルは剣、小刀、楯、胸当ての造り方を人間に教え、金属とその製品、腕輪、飾り、化粧品の塗り方、眉毛の手入れの仕方、各種の石のなかでも大柄の選りすぐったもの、ありとあらゆる染料を見せた。その後はなはだしい不敬虔なことが行われ、人々は姦淫を行い、道をふみはずし、その行状はすっかり腐敗してしまった。バラクエルは占星術を、コカビエルは天体の兆を、タミエルは星の観察の仕方を教え、サハリエルは月の運行を教えた。

地上で不法を教え、天上に行われる永遠の秘密をあかした。そして魔術を暴露した。こうして全地は流血と暴虐に満ちあふれた。

この堕天使たちが、人間たちに広めた様々な神話の中では、「神々」が人間と淫行を行い、「神々」と言われる者が頻繁に殺し合い、浮気し、激しく妬み、わが子を殺し、憎んだりします。

浮気するゼウス
浮気するゼウス

地域が変わるといろいろな神々の名前が登場しますが、同じような性質の「神々」が存在します。結局この「神々」は最終的に何を求めているのでしょうか。

堕天使の行うことは歌や踊り、激しい音楽で人々の気分を高揚させ、性的な狂宴を行って売春をさせ、神をなだめると称して凄惨な拷問で苦しめ、人間の生贄を捧げさせ、人間の生き血を求め、人肉を食べさせたりします。

このような宗教的な習慣のあった民族は、結局は滅ぶようになりました。しかし人間が滅びても、悪魔自身が滅びるわけではないので、また別の地域で、同じように神々を装って人間を騙し、悪魔を崇拝させることが繰り返されています。

ギリシャ神話

アフロディーテ像

ギリシャ神話には愛と美と性を司る女神アフロディーテが登場します。

オリンポス12柱の1人。怒りやすく、残酷で、移り気な性格をもち、何人もの愛人がいた。自分に服従しない者すべてに制裁をくだし、キニュレスの娘たちに売春を余儀なくさせた。従わないものには耐えがたい悪臭を押し付けた。

この女神のために神殿が建築されます。エリュクス山頂やコリントスの神殿は、ゆきずりの旅人相手に、神殿娼婦たちで混雑していました。このようにして女神を崇拝させ、神々の神殿と称して売春をさせる神殿奴隷を増やしました。

また、古代のアテネでは、2人の浮浪者を1年間公費で養い、祭の日に他の市民の罪や穢れを2人になすりつけておいて、最後に街の外の崖の上から突き落とし、市民全体の贖罪とするという習慣がありました。

ローマ帝国

ヴィーナスの誕生

ローマ神話はギリシャ神話を取り込み、同一視される神々が多数存在します。たとえば前述のアフロディーテはヴィーナスという女神と同一視されます。

古代ローマ帝国においては、性的風俗も、売春、不貞、同性愛、近親相姦、異常性欲と、現代にも見られる風潮のすべてが、既にこの当時のローマ社会に蔓延していた。このような性的狂乱の結果、「堕胎」と「子捨て」が頻発。子供は邪魔扱いされ、妊娠中絶が流行した。また、中絶しそこねて生まれてしまうと、『乳の出る円柱』(コルメン・ラクテウス)に捨てられ、そこには国費で傭われた乳母がいて、捨て子の哺育に当たることになっていた。

コロッセオにおける殺し合い

コロッセオにおける殺し合い

大競技場コロッセオには15万から20万の大観衆が押しかけ、盛大に競技が開催されました。最も人気があったのは、剣闘です。獣と獣、人間と獣、人間と人間が、大観衆の面前で互いに殺し合い、ゲームとしての「殺人」が行われました。

ローマ全市にわたって、戦闘と傷付け合いが行なわれ、その間にも、あちらこちらの場所では、公衆浴場と飲食店が開かれていた。一方には、流血の死体が山になっており、それとすぐ隣合って娼婦たちがいた。享楽的閑暇の中に数多の情欲が求められ、最も残忍な占領の中であらゆる犯罪がおかされた。

メソポタミア地方

メソポタミア地方ではバビロンなどで上記のアフロディーテ、ヴィーナスにあたるのが、アシュタルテ(イシュタル)という女神です。

アシュタルテ像

バビロン人の風習の中でも最も破廉恥なものは次の風習である。この国の女は誰でも一生に一度はアプロディテ(アシュタルテ)の社内に座って、見知らぬ男と交わらねばならぬことになっている。金持で気位が高く、ほかの女たちと一緒になることを潔しとしない女も少なくないが、こういう連中は大勢の次女を従え天蓋のある馬車で社に乗り付けてそこに立っている。

しかし大抵の女は次のようにするのである。女たちはアプロディテの神域の中で、頭の周りに紐を冠のように巻いて座っている。新たにやってくるものもあり、立ち去るものもあり、その数は大変なものである。女たちの間を縫ってあらゆる方向に通ずる通路が網で仕切ってあり、よそから来た男たちは、この通路をたどりながら女を物色するのである。

女は一旦ここに座った以上は、誰か見知らぬ男が金を女の膝に投げてきて、社の外でその男と交わらぬ限り、家に帰らない。金を投げた男は「ミュリッタ様の御名にかけて、お相手願いたい」とだけいえばよい。アッシリア人はアプロディテのことをミュリッタと呼んでいる。金の額はいくらでもよい。決して突っ返される恐れはないからである。この金は神聖なものになるので、突っ返してはならぬ掟である。女は金を投げた最初の男に従い、決して拒むことはない。男と交われば女は女神に対する奉仕を果たしたことになり家へ帰るが、それからはどれほど大金を積んでも、その女を自由にすることはできない。

アシュタルテを崇めるという風習の中で、国中の女性すべてが売春に駆り出されたのです。この神はカナン地方に広がる様々な民族に拝まれ、聖書に出てくるイスラエルの民も頻繁に崇拝していました。フェニキア、カルタゴといった地域でも崇拝されています。

幼児の生け贄を求めるモレク

生贄を求めるモレク

また、モレクという神は幼児の生贄を求めます。豊作や利益を守る神と言われ、モレクを新生児の生贄でなだめないと洪水や干ばつが起こるとされました。生贄の儀式の際には、シンバルやトランペット、太鼓の凄まじい音が鳴り響き、子供の泣き声をかき消します。祭儀場らしい場所からは20,000個の子供の骨壺が発見されました。同じような場所はフェニキア人の植民地があったサルディニア、マルタ、シチリアでも発見されました。

→フェニキア、カルタゴに蔓延した悪魔崇拝

エジプト

イシス像

エジプト神話ではオシリス神の妻、イシスが、上記のアシュタルテ、アフロディーテ、ヴィーナスと同一の女神です。同じように神殿での売春が行われました。

セトに夫のオシリスを殺され、バラバラにされた遺体を集めましたが、男根だけが見つかりませんでした。この話は、メソポタミアでバベルの塔を建てたニムロデと母セミラミスの神話にそっくりです。この女神は強力な魔術師として崇められ、エジプトには魔術が流行しました。エジプトでミイラが多いのはこの魔術のひとつだからです。

インド

インドのヒンズー教にも、悪魔の教えと見られるものが入り込んでいます。シヴァ神崇拝には象徴的に男根や女性器を模したものを作ります。

パールヴァティ像

ヒンズー教の聖典は「女神パールヴァティと肉体をもって交わることは、すべての罪を消滅させる徳である」と述べた。易経は、「万物に生命を与える」性交の神秘的価値について語っている。イワン・ブロッホによれば、「宗教は、やむことのない渇望、永続の感情、生命の深淵への神秘な没入、永遠に祝福された結合による個と個の合体への切望を、性的衝動と分かち合うものだ」という。このような理由から、情熱、祝福、恍惚、忘我、栄光のような言葉は、宗教的および性的経験のどちらにも置き換えて用いられた。

その聖地で、土着の最も身分が低い女性たちは、昼間は牧畜や工芸等に従事し、夜間は妖術を使う者とされていました。

彼女等は1年の特定の祭日、又は月の特定の祭日に葬儀場に集まり、人肉や排泄物を含む反日常的な食物、つまりは聖なる食物として食し、酒を飲み、歌舞音曲を楽しむという秘教的儀式を行ないました。


このように女神信仰は様々な地域で見られ、共通して、豊穣の神、多産の神などと言われます。 これらの艶めかしい像は、現代で言えばアダルトビデオのように、性的興奮を呼び起こすことを目的として作られたものが大半です。神殿には娼婦がおり、訪れた人々に聖なる売春をもちかけるのです。こうして性的な狂宴に誘い込み、人々の精神と生活を破壊しました。

もう一度エノク書で堕天使が行った箇所を引用します。

はなはだしい不敬虔なことが行われ、人々は姦淫を行い、道をふみはずし、その行状はすっかり腐敗してしまった。

ケルト

ウィッカーマン

ケルト神話では残忍な神々が登場しました。たとえばエススという神は傷ついた生贄の犠牲者が、完全に血がなくなるまで木に吊り下げることを求めました。部族の守護神テウタテスは生贄を溺死させて捧げることを求めました。雷神タラニスは、木を編んで作った大きな人型(ウィッカーマン)の中に生贄を詰め込んで燃やすことを求めました。また、彼らは人肉を食べていたという記録も残っています。

→ハロウィンが流行する真の理由

マヤ

マヤの球技

マヤ文明の後期になると、生贄の儀式は毎日のように行われていました。夕方に太陽が隠れ、夜の間に邪悪なエネルギーをたくさんもって次の日に朝日として現れるので、生贄の生きた心臓を捧げることで清まるという教えを信仰し、生贄を捧げていました。球技に勝った者が生け贄に捧げられたという話もあります。ナフトニッチ洞窟の壁画には、男性器を傷つけて血を流したシーンが描かれています。また、ヤシュチラン遺跡の石碑には、女性は舌に斜めに穴をあけてそこに紐を通し、生き血を捧げたことも描かれています。

アステカ

生贄の心臓を捧げる

アステカでは豊穣、雨乞い、勝利の祈願など、ことあるごとに生け贄を捧げました。アステカの雨の神トラロックは、人々が所有する最も貴重な財産である子供たちを溺死させて生贄に供することを求めました。妖術と呪いの神であるテスカトリポカは、彼を讃える祭儀の際、美男の若者が選びました。神殿の頂上の石の上で4人の人物に手足を抑えられ、黒曜石のナイフで胸を切り裂き、生きたまま心臓をえぐりとって捧げたとされます。アステカの戦争は、領土を拡大する目的ではなく、生贄にする人間の確保のために行っていたと言います。太陽は宇宙の生命の源、その太陽が消滅するとき、世界も終わる。そのような教えを信じたアステカ人たちは、世界の終わりを先のばしにしようと、太陽神ウィツィロポチトリに生贄を捧げました。そして体の部分は投げ落として切り刻み、トウモロコシとともに煮込んで食されたのです。

インカ

生贄の少女のミイラ

マチュピチュで有名なインカでも人身御供を行う風習がありました。日照りは雨の神ユムチャクの怒りによるものだと考えられていたため、美しい処女を選んで生け贄として捧げました。写真は最近発見された500年間凍っていた生贄の少女のミイラです。

北欧

オーディン

北欧神話では、知恵と隠秘学の主オーディンは、戦争の勝利を約束する代わりに人身供犠を求めました。捕虜を連れてきて背中に鷲の形を彫り、儀式の間気を失わせないように海水を顔面にかけ、生贄が苦しむほどオーディンが歓ぶとされました。儀式の最後に生贄から肺を引き出しました。戦争に勝利すると感謝の印として生贄を捧げました。

中国

中国では古代から近世にかけて食人の習慣が非常に盛んであったとされる。人肉食、人相食、夫食婦、婦食夫、易子而食(親がお互いに子供を交換して食べる)こういう記録が中国の史書の随所に見いだされる。 あの春秋戦国の覇王桓公は子供の丸蒸しを料理として賞味した。宋代には人肉料理のメニューさえある。 そのころ食肉用の人間は「両脚羊」と呼ばれていた。
兵馬俑

皇帝の墓から出土された兵馬俑は、人間の形を模した像が埋まっていました。殷の時代の宮殿の基壇の跡から850人分の武装した軍隊の人骨が戦車(馬車)ごと出土しました。後の時代の兵馬俑は、生贄を捧げていた時代の名残と言われています。

日本

日本では大蛇の怒りを鎮めて大難を防ぐために、生きたまま淵に投げ入れられたと言います。この生贄を選ぶ際に矢を家屋に刺すことを「白羽の矢が立つ」と言いました。ある日を境に村からある娘がいなくなるということがよくあり、これが人柱のためであるということを薄々知っていた人も「神隠し」と言って済ませていました。




様々な文献で、人間の生贄は干ばつ、飢饉、川の氾濫など、差し迫った恐怖に対して人々が行っていたが、現在ではほとんどなくなっている、と記されていますが、公には行わなくなったというだけで、現在でも地下に潜って秘密の儀式として、さらにエスカレートして続いています。世界中で幼児の行方不明者が多いのはこのためです。

カトリック学校の敷地

エリザベス女王と前ローマ法王ベネディクト16世がカナダの幼児5万人を虐殺していたということが判明し、訴えられています。カナダ国内、32ヶ所で、子供達を埋めた集団墓地が見つかっています。その殆どがカトリック教会が運営するネイティブの学校の敷地内だったのです。

堕天使が神々に成り代わり、悪魔の教えを神の教えと信じ込ませて人々を騙し、正常な意識では考えられないような殺し合い、残虐な拷問、淫乱な行い、人肉食などを、神への儀式という形で進めてきました。こうして人間は、アダムとエバが悪魔に騙された時から今に至るまで、神を装った堕天使に騙され続けてきたのです。


出典:ラルース世界の神々 神話百科(2006年)原書房
フェルナン・コント著、蔵持不三也訳