フェニキア人は、悪魔崇拝の歴史の流れを追っていく上で非常に重要な民族です。神から呪いを受けたカナン→フェニキア→カルタゴというように、悪魔崇拝が引き継がれていっているためです。フェニキアの当時の記録を見ながら、悪魔崇拝について確認していきましょう。

紀元前1500年頃、地中海東岸を支配した「フェニキア人」という民族がいました。彼らは海辺の町として発展し、海上交易で栄えた商人たちであり、港や都市を建設する職人たちでもありました。その商品や職人たちの作品は王侯貴族の垂涎の的だったのです。今日にアルファベットを伝えたのはフェニキア人でした。旧約聖書の中では彼らの町の名前である、ツロ(ティルス)やシドンがたびたび登場します。

レバノン杉の商いで栄える

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フェニキア人は、レバノン杉の交易によって栄えました。レバノン杉は名前に「スギ」が付いていますがマツ科の木です。この木は「香柏」と呼ばれ、すばらしい香りを放ちました。古代のレバノン地方に産したいろいろな硬材の中でも、レバノン杉はその耐久力と芳香によってとびきりの最高級品でした。古代の神殿の内装材として、これにまさるものはありませんでした。現在でも「レバノン」の国旗にはこのレバノン杉が用いられています。

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旧約聖書によれば、栄華を極めたイスラエルのソロモン王は、フェニキアのツロの王ヒラムに相当な量の小麦とオリーブオイルを与えるかわりに、レバノン杉を手に入れたのです。このレバノン杉で、彼はエルサレム神殿を作りました。宮の内側の壁から床、そして天井にいたるまで、香柏の板を貼りめぐらし、その上を純金で覆ったのです。フェニキアの中でもツロは、森林の力を背景に、さかんにエジプトやイスラエルと交易し、繁栄を誇りました。

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また、染色した贅沢な紫の布地も有名です。貴金属に鉱物、象牙、スパイス、ウールなど、様々な品物を取引きし、栄えました。

フェニキアの宗教

フェニキアの宗教では、男神バアルとその妻のアシュタルテを拝んでいました。フェニキアの王の名前にはたいてい「バアル」がつき、アドニバアル(わが主はバアルなり)、アビバアル(わが父はバアルなり)、バアルバザル(バアルの下僕)、アブダシュタルト(アシュタルテの下僕)といった名を名乗るほど、バアル信仰と結びついていました。

バアルに仕える人々はどのように神に求めていたのか、旧約聖書に書かれています。イスラエルの預言者エリヤとバアルの預言者がカルメル山で競い合いました。バアルの預言者たちは「剣や槍で自らの体を傷つけ、血を流し、激しく飛び回り、狂ったように叫び続けて」神にしるしを乞うた、とあります。

その「神」は、豊穣や海の平穏、安産などを約束する代わりに、幼児の生贄や神官との売春などを求める、神の仮面をかぶった悪魔の使いでした。つまり、フェニキアではバアル神、アシュタルテ神の偶像崇拝という「悪魔崇拝」を行っていたと言えます。

フェニキアに古くからあった宗教慣習に神殿での売春がある。とくにアシュタルテ信仰と結びついていた。キュプロス島キティオンで発見された前5世紀の碑文では、売春を行う男女の両方がアシュタルテ神殿の職員として列挙されている。ギリシアの歴史家ヘロドトスもキュプロス島にこの習わしがあったことを遠まわしに述べており、地元の女性たちが願掛けや神へのお礼のために自ら申し出たとしている。若い未婚の処女も参加していたとされるこの習わしは、キティオン、アマトゥス、パポスなどにみられるキュプロス島のアシュタルテ信仰の大きな特色だったようだ。
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アシュタルテが身近な信仰の対象だったことは、他のタイプの裸体の女性の座像や立像からも知られている。フェニキア領内では、天然の洞窟や岩屋にもアシュタルテが祀られた。アドゥルンの南、ワスタの岩屋の壁は女性性器を表した落書きで飾られており、この女神の民間信仰のかたちをありありと伝えている。アシュタルテを祀ったたくさんの洞窟が、のちに聖母マリアの神殿に発展した。

聖母マリアの像を拝むことは、もともとこのような悪魔崇拝が元になっていることを忘れてはいけません。

フェニキアの宗教を引き継いだカルタゴ

カルタゴの経済にはもう一つ重要な産業がありました。奴隷の売買です。この人間の労働力の商いはフェニキア人から受け継がれました。

海賊行為も奴隷売買の有力な商路になった。フェニキア人は悪名高い人さらいだった。古い文献によると、不運な女性と子供がよくねらわれた。

カルタゴの墓地「トペテ」

ポエニ世界にはもう一つ名高い、というより悪名高い生贄の儀式があった。人間を、もっと正確にいうなら幼児を生贄にしたのである。この習慣はもともとはフェニキア人のものだったが、古典期の文献ではもっぱらカルタゴ人のものとして盛んに書き立てられている。前三世紀のギリシアのクレイタルコスの記述は最も具体的だ。その歴史家によれば、カルタゴ市民は「御利益と引きかえに」自分の子供の一人を生贄として捧げることをバアルに約束した。彼の筆は、子供が青銅のバアル像の差し出された腕のなかに置かれ、その下の燃えさかる炉のなかへ転がり落ちていくところを細かく描写している。「そのとき幼子の手足はちぢこまり、顔は笑っているかのように歪んでいる……」。のちの著述家も細かい、ときには忌まわしい情報を付け加えた。プルタルコスは、子供のいない夫婦が生贄にするために貧民から子供を買ったとか、親が泣いたり叫んだりせずにすむように、生贄の子供は笛と太鼓が鳴らされるなかで喉を切られたと述べている。ローマの著述家プリニウスとシリウス・イタリクスは、カルタゴ市民は毎年子供を生贄にしていたと書かれているが、ギリシアの歴史家ディオドロスは、子供の生贄は軍事的危機への対応として国の名のもとに実行されたとしている。彼によれば、シュラクサイのアガトクレスに包囲されたとき、カルタゴの貴族は自分たちの実子を200人差し出し、神の怒りを鎮めようとした。神をないがしろにし、儀式を冒涜したのが怒りを買ったと考えたからだ。それまで彼らは自分の子供の代わりに、庶民から内密に買った子供を不当にも生贄として差し出していたからである。この100年間に行われた考古学調査から、このポエニ人の習慣がじっさい広い範囲に浸透していたことが明らかになっている。シチリア島、サルディニア島、北アフリカなど地中海中部一円で、市壁の外の囲われた埋葬地がいくつも発見されている。幼子の焼け焦げた骨がテラコッタの壺に納められ、天然の空洞や、岩盤をうがって石で囲った小さな穴に埋められていた。骨学的分析によると、死者は3歳までの幼子で、そのいくらかは未熟児らしい。性別は不明。ぼろぼろの灰になるまで焼かれているために、歯か手足の指の骨ぐらいしか残っていないからだ。
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このツロの「トペテ」からは2万個の幼児の骨壺が見つかっています。この地の惨状について、エレミヤ書で神は次のように語られています。

エレミヤ書7:30 主は言われる、ユダの民はわたしの前に悪を行い、わたしの名をもってとなえられる家に、憎むべき者を置いてそこを汚した。7:31 またベンヒンノムの谷にあるトペテの高き所を築いて、むすこ娘を火に焼いた。わたしはそれを命じたことはなく、またそのようなことを考えたこともなかった。7:32 主は言われる、それゆえに見よ、その所をトペテ、またはベンヒンノムの谷と呼ばないで、ほふりの谷と呼ぶ日が来る。それはほかに場所がないので、トペテに葬るからである。

神は人間の生贄を要求しませんが、天から堕ちた堕天使たちが、神のふりをしてふるまったのです。彼らは神に成り代わって、幼児の生贄や売春などを要求し、人々に神を誤解させました。こうした人間の道から外れた要求は、人々の心を腐敗させ、堕落させていきました。その結果、フェニキア人は他国から次のような評判であったと言います。

彼らは信頼できないペテン師で、あこぎな商人だった。平気で悪いことをする金の亡者だった。無力な人間をかどわかして売り飛ばし、娘に売春をさせ、自らの神の機嫌をとるために幼子を虐殺する無節操で道徳的に腐敗した人種だった。策略家や陰謀家といったフェニキア人のマイナスイメージは、現代の俗語のなかにも残っている。”イゼベル”というのは心底恥知らずな性悪女という意味だが、じつはテュロスの王女の名前なのだ。

外見は絢爛豪華で他国から慕われるほど技術力と経済力を持っていたフェニキア。しかしその内側は悪魔崇拝によって心をサタンに掴まれてしまっていたのです。

人の命を愛する神はよほどのことがない限り、裁きで人の命を取るようなことはしません。しかし、人々の暴虐が満ちる中、神はこの町に裁きを宣告せざるをえない、そのような状況でした。エゼキエル預言者を通して次のように裁きを予告しました。

エゼキエル書28:2 「人の子よ、ツロの君に言え、主なる神はこう言われる、あなたは心に高ぶって言う、『わたしは神である、神々の座にすわって、海の中にいる』と。しかし、あなたは自分を神のように賢いと思っても、人であって、神ではない。28:3 見よ、あなたはダニエルよりも賢く、すべての秘密もあなたには隠れていない。28:4 あなたは知恵と悟りとによって富を得、金銀を倉にたくわえた。 28:5 あなたは大いなる貿易の知恵によってあなたの富を増し、その富によってあなたの心は高ぶった。 28:6 それゆえ、主なる神はこう言われる、あなたは自分を神のように賢いと思っているゆえ、28:7 見よ、わたしは、もろもろの国民の最も恐れている異邦人をあなたに攻めこさせる。彼らはつるぎを抜いて、あなたが知恵をもって得た麗しいものに向かい、あなたの輝きを汚し、28:8 あなたを穴に投げ入れる。あなたは海の中で殺された者のような死を遂げる。

預言者を通して裁きを予告するのは、その預言を聞いて、人々が自らの行動を悔い改めるのなら、裁きを思い返すという最後通告です。神はできることであれば裁きを行わないという憐れみ深い方です。しかし、結局フェニキアの人々はこのような預言を耳にしても自らの行動を改めることがありませんでした。

この預言の後、フェニキアはバビロニアによって攻め込まれ、滅ぼされることになります。 フェニキアが滅びた後も、この悪魔崇拝の宗教はカルタゴに引き継がれていきます。

そして現在でも悪魔崇拝は様々な宗教に入り込み、世界中で続いているのです。私たちは悪魔崇拝者たちのすべての行いを明らかにし、彼らの計画が倒れるように主イエスに祈り、霊的な戦いに勝利していかなければなりません。

出典:世界の古代民族シリーズ フェニキア人(2007年)グレン・E・マーコウ、片山陽子訳