主イエスの弟子で最も有名なペテロは、逆さ十字にかけられてローマで殺されました。その際のエピソードに次のようなものがあります。ペテロの元へ、ローマの長官がペテロを殺そうとしているという情報が入りました。信仰の兄弟たちがペテロを生かすため、他の地区へ行って死を免れるようにペテロを説得しました。そしてペテロがこっそりとローマを出ようとした時に、主イエスがあちらの方からローマの町に入ってこられました。それを見たペテロが「クォ・ヴァディス?(どこへ行かれるのですか?)」と尋ねました。主イエスは「私は十字架にかけられるため、ローマに入っていく」と答えられ、ペテロは驚いて問い正しました。「主よ、もう一度十字架につけられるのですか?」「そうだ、ペテロよ、私はもう一度十字架につけられる」と答えられ、主は天に昇って行かれました。そこでペテロがはっと我に返って、自分がローマに残るべきか、出るべきかという大事な選択について、主に祈りで尋ねなかったことに気づきました。そして今、本来自分がローマで十字架にかかるべきところを、他の地区へ逃げ出したら、主イエスを再び十字架にかけることになってしまう、と悟り、自分が十字架にかかることを決意します。そして自らの希望で、主イエスとは逆さの十字架にかかったのです。

この話は有名ですが、ここでなぜペテロは逆さ十字を希望したのでしょうか。逆さ十字にかけられ、激しい苦痛の中で、彼は次のように語りました。
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新約聖書外伝 ペテロ行伝
みなさん、人間の本性についての奥義、つまり、人間が創造されたその瞬間からこのかた、人間とはどういうものだったか、知ってください。最初の人間は、頭を下に逆さまに墜落して、それ以前の、神が創造された時に人間に与えた性質とは、すっかり違ったものになってしまいました。 ―今みなさんが見ているこの私の姿勢は、まさにその有様を表しています。― そうして、人間は動くこともなく、死んだものとなってしまいました。しかも、こういう姿勢で引きずりおろされるや、自分の原理を地上にも投げつけ、そのままの状態に適合させて、この世界の秩序体系を打ち立て、右のものは左、左のものは右と教えたのです。こうして彼は、その性質の特徴を全部、それが未だ良かった時とは違ったものに変えてしまいました。美しくないものを美しいと見なし、実際は悪いものなのに善きものだと考えたりして。このことについては、主が奥義で語っています。『もしあなたがたが右のものを左、左のものを右とし、あるいは上なるものを下なるもののように、後のものを前のもののようにするのでなければ、決して神の国を知ることはないだろう』と。この認識をみなさんにもたらしたいがためにこそ、私はこんな恰好をしているのです。ご覧の通り、十字架に吊り下げられた私のこの姿、これこそ初めて誕生した人間の模写なのです。みなさんはこの最初の人間の過ちを振り切り、元通りに戻らなければなりません。